ひさしぶりのうりちゃん登場。おかげさまで毛が伸び、もふもふになりました!

うさぎと暮らし初めて、数えてみたら16年になることに驚いた、武田です。

今日はわたしが、「なぜ、動物看護師になったのか」を2つの理由からおはなししてゆきますね。
 
 
<その2つの理由とは…?>

  1. 小さな頃から動物と暮らしてきたため、動物に関わる仕事に就くのが当然だと思っていた

  2. セクシャルマイノリティゆえ、誰にも頼らずに生きてゆかなくてはならないと思っていたため、手に職をつけたかった

ひとつずつ、お話ししてゆきますね。
 


1.小さな頃から動物と暮らしてきたため、動物に関わる仕事に就くのが当然だと思っていた

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photo credit: ...quando la ubik pensa alla sua mamma... via photopin (license)

わたしは大阪生まれで、6歳まで住んでいました。

その間、犬(マルチーズ)と暮らしていた時期があります。(その犬は引っ越しの際に、知り合いの方のお家へ譲渡、最期まで幸せに暮らしたそうです)

父が動物好きだったこともあり、小さな頃から虫取りに行ったり、川に行ったりしていました。1歳半年の離れた弟がと、いつしか二人で田んぼで虫やおたまじゃくし取りをするようになりました。

捕まえた動物たちを育てたり、小鳥を世話したり、このような生活が当たり前だったので、動物に関わる仕事に就くことに疑いがありませんでした。

その職業が獣医師でなかったことは、2番目の理由に譲ります。


2.セクシャルマイノリティゆえ、誰にも頼らずに生きてゆかなくてはならないと思っていたため、手に職をつけたかった

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photo credit: IMG_9008 via photopin (license)

わたしは、セクシャルマイノリティです。11歳のときに「男女とも好きになる自分」に気づきました。(今は女性だけ)

誰にも言わずに2年が経った13歳のとき、

「自分は周りと違って結婚はできないから、養ってもらう考えはない。手に職をつけ、早く自活できるようになって、カミングアウトをして両親に縁を切られても生きてゆけるように手に職をつけよう」

と、考えました。切羽詰まっていますよね。。。
それくらい「自分は周りと違うんだ」ということを意識して過ごしていた中学時代だったのです。

獣医師になるためには、6年生大学を卒業する必要があります。学費はざっとですが、国立で400万、私立ですと1000万円以上かかります。

わたしは、一刻も早く、両親にカミングアウトをして窮屈な実家の暮らしから脱したかった。両親はよくしてくれました。でも、自分のアイデンティティを隠して暮らしてゆくのは、私にとっては、とても辛かったのです。

ゆえに、獣医師になる選択肢はわたしにはありませんでした。(高校時代、先生にいくら勧められても、頑として拒否しました)

13歳当時は「トリマー(犬の毛を切る職業)」になるつもりでした。そのことを母に相談をすると「動物看護師という職業があるよ」と教えてもらえ、トリミングと動物看護をどちらもしっかり学べる専門学校を選び、そこに2年間通いました。


<”いのちにふれる”大切さ>

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photo credit: minding his own business via photopin (license)

このように、自分の中で切羽詰まったように未来を選び取って、動物看護師になったわたしですが、この職業についてよかったと思うことがあります。それは、
 

”いのちにふれる”大切さを、日々実感できること。
 

わたしの現在の活動につながる、重要な事柄です。これはまた、別記事にて書いてゆきますね。


以上、「武田真優子が動物看護師になった、2つの理由」でした。